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来日5年目に想ふ

ちょうど4年前の今日、
2005年3月7日に旦那がネパールから来日しました。
あれからもう4年かぁ~、長かったような、短かったような・・・。
てか、旦那自身はどう思ってるのか知らないけれど、
私的にはそもそも旦那が来日するまでのほうが長く感じましたね。

なんてったって、ネパールにてネパール・日本両国の婚姻手続きだけ済ませ
私だけが先に単身で日本にとっとと逃げ帰ってから約1年3ヶ月もの間、
ずっと遠距離結婚でしたもの。
その間、私は帰国してすぐさま旦那の在留資格認定証明書の申請手続きをして
順調に約3ヶ月ほどで証明書が交付されたものの、
当の旦那がネパールでの身辺整理(仕事+プライベート)が終わっておらず、
証明書の有効期限である3ヶ月が過ぎてしまい、また再申請するハメに。
無事に交付されたってのに、再申請って・・・。(笑)
相談した入管の係員さんも苦笑してました。

今度は旦那の身辺整理が終わるのをのんびり待ちつつ、
ついでに旦那にはその間にネパールでネパールの車の運転免許を取ってもらいました。
(運転免許を取得した国で3ヶ月以上継続して滞在した証明があれば、
日本で日本の運転免許に切り替えることができるからです。)
これがまた大変で・・・。

名ばかりなネパールのドライビング・スクールは運転を教えると言うよりも
車の動かし方(操作方法)を教える程度のお粗末なもの。
筆記はなんとかすんなり合格したものの、
実技は落ちては次のテストまで待つ、の繰り返しで散々でした。
運動オンチな旦那は3・4回目くらいで合格したんじゃないかな?
で、免許を取得してからしっかり3ヶ月間ネパールで待機。

そんななので遅れたついでに、当時ちょうど名古屋では
名古屋空港から中部国際空港(セントレア)に切り替わる時期だったので、
中部国際空港がオープンするまで来日を延期してもらいました。

で、やっと日本に到着できたものの
当時、中部国際空港では愛知万博を目前にした外国人関係者の入国ラッシュで、
はれて入国できたのはインド人ご一行様がぞくぞくと出てきた最後の最後。
入国審査については何の問題もなかったのですが、
ただ列の最後尾に並んだというだけで約1時間半も待たされたのだそうな。
その間、外で待ってる私は何か問題でもあって入管から電話がかかってくるんじゃないかと
ケータイを手に握り締めながらドキドキでした。

そんなこんなで、
約1年3ヶ月振りにようやく会った旦那はというと・・・
ネパールに残してきた家族のことや、
ネパールを離れてしまったことに対する辛さや寂しさ、日本でのこれからに対する不安、
さらに長旅の疲れなどなどですっかり憔悴しきっており、
久しぶりの再会の喜びを分かち合うどころではありませんでした。

家まで向かう車の中での旦那は終始無言で今にも泣きそうな顔をしていて、
もう何と声をかけてよいものやらホントに困りました。
きっとネパールにいる旦那の家族も同じ思い、
いや、それ以上に辛くて寂しい思いをしているのだと思ったら、
来日1日目にして旦那を日本に連れてきたことを本当に後悔しましたね。

あれからもう4年。
その後も旦那のホームシックは半年以上は続きましたが、
今はもう大丈夫みたいです。
近い将来、ネパールに帰るということだけを目標に頑張ってます。(泣)

そんな思いまでして私と一緒にこの日本に居てくれている旦那には
日々感謝の気持ちでいっぱいです。
旦那よ、日本に来てくれて、一緒に居てくれて、本当にありがとう。



・・・てな気持ちを、
いつか私がネパールに住んだときにも感じておくれよね。(笑)
プロフィール

ま~る

Author:ま~る
この度、ブログ「ネパリの嫁のヒトリゴト」をこちらに(ビミョー?)に引っ越しました。

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