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私の里帰り

またちょっと、先々月に行ったネパールへの里帰りネタを・・・。

私は生まれも育ちもココ。
学生時代の何年かは外に出させてもらったけど、結局ココに戻ってきました。
社会人になってから遊び呆けていたり、仕事で忙しかったりで、
ほとんど家にはいなかったけど、なんだかんだ言ってココにいます。
(まぁ、特に家を出る理由もなかったし・・・。)
そして現在、私たち夫婦は私の実家に居候中。

周りの主婦友たちが年末年始、ゴールデンウィーク、お盆休みなどの大型連休になると
この街から散らばるように実家に帰ってしまい、
ポツンと取り残されるのがちょっと寂しかったんです。
そして実家でリフレッシュして帰ってきた主婦友たちが必ず言うのが
「やっぱ実家はいいわ~。」とか
「久しぶりに家事、育児から解放されてのんびりできた~。」なのです。
いいなぁ~、羨ましい。

私だって家事や旦那の世話から解放されてのんびりしたい!
私だって里帰りがしたい!

・・・と思っていたら、叶っちゃいました、コレ(↑)。
しかもネパールで。

ネパールの旦那の家はまさにパラダイス♪でした。
朝晩、お腹を空かせて旦那の家に行けば当たり前のように食事が出てくるんです。
バヒニ(=妹)を中心に、アマ(=お母さん)、バー(=お父さん)までもが
交替で食事を作ってくれていました。
しかも上げ膳据え膳。
お客さんでもない「嫁」な私に、ですよ。

申し訳ない・・・と思いつつ、この際図々しく甘えちゃえッー!と、
ホントに旦那の実家ではな~んにもお手伝いしませんでした~♪
ぜ~んぶ見てるだけ、座ってるだけ、食べるだけ。(笑)
おかげで(旦那の家に限っては)のんびりできて、リフレッシュできました。

そんな図々しい嫁のせいで迷惑をかけてしまったのがバヒニ。
私が家に立ち寄るたびに(あ、私は今回もホテル滞在です。)
アマの指示でチャを入れてくれたり、
肉料理を食べない私のために卵を買いに走ってくれたり、と
かなりパシリ的なことをさせてしまいました。

さらに、バヒニは世間では立派な女性な年齢ですが、家の中ではまだまだ子供扱い。
家族の視線を一心に集め、最も愛されている存在です。
そんな中、(ネパールでは)さらに子供扱いな私が来てしまったために、
家族の視線が私に集中してしまい、バヒニは寂しい思いをしたのではないか?と心配です。
・・・ごめんよ、バヒニ。

そして、ありがとうね。
いつか私たちがネパールに住んだあかつきには、
お嫁に行った先から里帰りしてきたバヒニを
嫁な私が精一杯、誠心誠意おもてなしさせていただきますとも!
あのホントに子供扱いなバヒニが嫁に行けたら・・・の話だけど。


あぁ~、やっぱ実家はいいねぇ~♪
(↑一度言ってみたかったんですよね~。)
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ネパールでのアレ、どうだった?

そういえば、ネパールに行く前に
あれやこれやと妄想していたことの結果報告をしようかと・・・。

まずは、2008年8月18日のブログ『ネパールの自慢の家族』で言ってた
旦那がネパールの家族に無理やり送ったデジカメの行方。
私の予想に反して、大好評だったようです。
旦那不在でのダサインとティハールというネパールの2大祭りの写真、
しかも家族の写真だけでメモリーカードがすでにいっぱい。
なのにプリントの仕方(どこへ持っていくのか)が分からず、そのままになってました。
旦那宛てにちょっと電話して聞いてくれれば良かったのに・・・。
あとから何度も見ては思い出に浸ることができる写真は、すごく良いらしいです。
私が滞在していたときの写真も全部プリントして、きちんとアルバムに整理して置いてきました。

お次は、2008年9月3日のブログ『短期滞在で日本食、いっとく?』で言ってたネパールでの日本食、
結局一度も食べませんでした。
・・・というか、忙しくてそんな暇もなかったし、
朝は遅めの11時過ぎに朝食、その前には外で買ってきたマルパやグヮラモリを食べてるし、
夕方4~5時頃に小腹が空くも、夜はだいたい8時頃に夕食なので
ガッツリ食べれないとなると、やっぱりモモ(=ネパールの餃子)で小腹を満たす・・・と、
こんな感じで常にお腹がいっぱいでガッツリ日本食どころじゃありませんでした。
ネパール滞在も終盤に入った頃に“味噌汁飲みたい病”に侵された時期もありましたが、
何しろ私は赤味噌生れ、赤味噌育ち、赤味噌大好き。
もし満を持して入ったお店で出てきたお味噌汁が白や合わせだったら・・・と思うと、
そのショックに耐えられそうになかったので止めました。
実際、赤味噌出してる日本食のお店ってあるんでしょうか?
赤味噌情報をメッセージにてお待ちしております。(笑)

そうそう、1件だけ日本人経営のレストランに行きました。
今やタメルでは有名になってしまった「ロータス」です。
私がネパールに長期滞在していた2003年の確か5月頃にオープンしたんじゃなかったかな?
当時はちょっと狭い路地にあって、ちょうど私の散歩コースだったんです。
いつの間にか日本語の立て看板が出てて、ちょっと入ってみたらコレがまた良いお店だったんです。
メイン料理である(日本の)カレーライスもリーズナブルに食べられる他に
サウジー(=店主)であるカズさんという日本人男性のお人柄が魅力で結構地味に通ってました。
ちょうど私がネパールを離れる前日に旦那を連れてご挨拶に伺った時に、
いづれメニューになるであろう“あんこ”の試作品をご馳走になった記憶があります。
あれから5年、その時のお礼と思い出話でもできたらと思い、ロータスに足を運んでみたのですが、
お店は大盛況で、相変わらずお話し好きなカズ・ダイもお客様とのお話に花が咲いていたようなので
お元気なお姿だけ確認しつつ、なぜか(?)ビールだけ飲んで帰ってきてしまいました。
相変わらずカズ・ダイは仙人みたいでしたね。(笑)


そして、2008年9月6日のブログ『早くネパールに行きたくなりました。』で言ってたボスの息子の件。
ボスには会うことができましたが、その息子には結局会えませんでした。
ボスの話によるとボスの息子の日本人の彼女は関東在住なのだそう。
会話は片言の英語だそうで、ボスの息子は相変わらず日本語は全然ダメらしい。
日本人の彼女は今度の年末にもネパールに来る予定らしく、
その年末の渡ネは今年になって4回目の渡ネらしい。
ってことは昨年の年末年始、春休み(またはゴールデン・ウィーク)、夏休み、また年末年始
・・・って感じでしょうか?
凄いッ!

あんまり他人様のことを第三者から根掘り葉掘り聞くのもなんなので、
これ以上は深く聞きませんでしたが、同じ日ネカップルとして温か~く見守りたいと思います。

ネパール人家族と行く5泊6日ネパール国内旅行(最終日)

(このお話はこちらの続きです。)

Dhadin(ダディン) → Kathmandu(カトマンドゥ)

前日、お怒りモードのママ(=お母さんのお兄さん)に
「明日の朝、チャ(=ネパール・ティ)を飲む時までには来るように!」と念を押さえれていたので
頑張って早起きしてママの家へ。

ママの家に着くと、ママの第一夫人が搾りたての水牛のミルクで作ったチャを出してくれました。
都会から来た我々には、とっても贅沢なひととき。
他のみんなはそのままキッチンからチャを持って庭に出てしまったけれど、
何となくキッチンに一人残された第一夫人が気になって、
私もキッチンに残って二人でチャを飲みました。
ネパール語が話せない私との間には会話はありませんでしたが、
変な緊張感などもなく、何とな~く居心地が良いんですよね~。
チャを飲み終わると第一夫人は畑仕事へ。

私は今からシェルを作るという第二夫人のキッチンへ行きました。
シェルというのはネパールでのお祝い事には欠かせない食べ物で、
お米を粗く挽いたものにスパイスやバナナ、砂糖、はちみつ、水などを入れてよ~く混ぜ混ぜして
熱した油に手で円(輪)を描くように流し入れて揚げたドーナツのようなお菓子です。

5年前、一度だけティハールというお祭りのときに
旦那の家でアマ(=お母さん)が作るのを見学したことがあります。
作りたてのアマのシェルは今まで食べたどこのお店のシェルよりも美味しかった~♪

私が第二夫人のキッチンへ行った時にはシェルの生地を混ぜ混ぜしている真っ最中。
それを横にちょこんと座って見学します。
第二夫人は私にいろいろ話しかけてくれたんですけど、
発音のせいなのかイマイチ話が聞き取れなくって、結局ぜんぜん会話にならず・・・。(汗)

そうこうしていると、
ママの娘(彼女は第二夫人の娘でした。)とウチのバヒニ(=妹)のご飯作りが始まりました。
この旅行で初めて見たのですが、田舎のキッチンのコンロって土で作ったかまどなんですね。
かまどから出る黒い煙が狭いキッチンの中に充満するので、
目がショボショボして涙が出るわ、むせて咳が出るわで、それはもう大騒ぎなご飯作りでした。
もちろん役立たずなガイジンの嫁な私は、お邪魔にならないように見学です。(笑)
あ、じゃがいもの皮は剥かさせていただきました。

マス(=肉)は昨日と違ってママが街で調達してきてくれたようですが、
タルカリ(=野菜)やスパイス類、もちろんお米もママの自家製です。
すっごく贅沢ですよね~。
もちろんここでもマスは食べませんでしたが、タルカリの美味しいこと、美味しいこと。
旦那の家で作るタルカリには入っていない“ゴマ”がたっぷり入ってたのが決め手だったみたいです。
ちょっと風味が違うっていうか・・・とにかく美味しいんです。

食事が終るとすぐに帰り支度が始まります。
昨日お洗濯した旅行中の大量の衣類を取り込み、荷物のパッキング。
その間、私はその後の記念写真撮影のためのお着替えタイムです。
これはアマのリクエスト。
ガイジンの嫁な私にネパールの既婚女性が着る民族衣装のサリーを着せて、
それを囲んでみんなで記念写真を撮りたいのだそう・・・。

で、帰りがけに慌ただしく撮った写真がこちら。(↓)
ネパリ・ファミリー
まぁ、一目でお分かりだとは思いますがピンクのサリーがワタシ。
2年前に旦那が1人で里帰りした時にアマが私へのお土産として持たせてくれたのが
この可愛らしいピンクのサリー。
最初は「えぇ~?いい歳こいた私に、ピンクかいな?」と思いましたが
実際に着てみると(自分で言うのもなんですが・・・)結構似合ってました。
アマとバヒニのお見立ては、さすが!です。

もうすでに帰る時間も予定をとっくに過ぎていることもあり、
私はそのままサリーを着て帰ることにしました。
日本に帰ったらせっかくのサリーも着ることがないしね・・・。

そんなこんなで、カトマンドゥに着き、車を降りて家に入っていくところを
ご近所さんたちがみんなしっかり見ていたらしく
翌日、いろんな人に私のサリー姿を褒めていただきました。(笑)


・・・と、ネパール人家族と行く5泊6日ネパール国内旅行は、こんな感じでした。
書きたいことがあり過ぎて、1日1日の文章が長過ぎましたね。
もっと簡潔に分かりやすく書くことができたら良かったんですが、
そんな文章力もなく、これが私にできるいっぱいいっぱい。
もっとお見せできる写真とかもあれば良かったんでしょうけれど、
あまりにも「家族サービス」に徹しすぎて、ほとんど家族の写真ばかり。
ブログのことなんてすっかり忘れてました。

まぁ、それだけ充実してて楽しかったってこと・・・でしょうか。

ネパール人家族と行く5泊6日ネパール国内旅行(5日目)

(このお話はこちらの続きです。)

Manakamana(マナカマナ) → Dhadin(ダディン)

今日は早起きして家族みんなでマナカマナ寺院に参拝です。
まずはお寺へ続く道の露店で参拝グッズ(お花、ココナッツ、線香、紐など)を購入します。
そしてお寺へGO!

お寺ではお坊さんたちが朝のお勤め(参拝)の真っ最中で、
一般参拝客はそのあとに参拝することができるみたいでした。
旦那とバー(=お父さん)、バヒニ(=妹)は一般参拝者が待つ列に並びます。
あれ?お寺大好きのアマ(=お母さん)はどうした????

残念なことにアマは月に一度のアレが来てしまったのだそう。
(ヒンドゥ教ではアレの最中の女性は不浄な体とみなされ、
お寺やお家のキッチンなど神聖な場所へ立ち入ることができません。)
あんなに楽しみにしていたのに・・・。
なのでガイジンでヒンドゥ教ではない私と一緒にお寺の外で旦那たちの参拝を見守ります。
(マナカマナ寺院もパシュパティナート寺院と同様、ヒンドゥ教徒以外は立ち入り禁止です。)

ちなみにマナカマナ寺院は「大願成就」で有名なお寺らしいのですが、
恋人が欲しいだの、子供が欲しいだの・・・と、ヒトに関しては欲してはならないのだそうです。

参拝が終わるとお約束の写真撮影タイム。
ネパールでは日本と違い安心して知らない人にカメラのシャッターを任せられないので、
今まで私と旦那が交代でカメラマンになっていたのですが、
ここでは初めて売店のディディ(=お姉さん)に頼んでシャッターを押してもらいました。
旅行5日目にして初めて家族全員がそろった写真が撮れました~。


マナカマナからダディンへ。
これは私のリクエストで、アマの実家があります。
私はもちろん初めての訪問、アマとバヒニは約1年ぶり、
旦那は前回の渡ネで訪問したから2年ぶり、バーはなんと27年ぶりなのだそう。

残念ながらアマのお父さんはもうずいぶん前に、お母さんも3年くらい前に亡くなってしまって
今はアマのお兄さんの一家が実家を守っており、
実家周辺にはアマの姉妹たちや親戚がたくさん住んでいます。
ちなみにネパール語でお母さんの兄弟(男)のことを「ママ」と言います。
ちょっと面白いでしょ?

まず最初に着いたのはそのママの息子(次男)、旦那にとってはいとこの家です。
ママの家の手前で茶店とちょっとしたホテルをやってるんです。
ホテルとは名ばかりのネパリ相手のほぼ泊まるだけのホテルなので、
ガイジンにはちょっと・・・って感じでしたが。
その茶店で冷たい飲み物などをいただきつつ一服していたら
いきなり旦那のいとこが棒を持って放し飼いされている鶏を追い駆けだしました。
・・・もしや、これは???

そう、私たち家族にご馳走を振舞うための準備だったのです。
約1時間後、さっきの鶏ちゃんはカレーとなって私たちの前に現われました。
もちろんネパールではプチ・ベジタリアンな私は食べませんでしたけどね。

その後、ママの家へ。
現在ママの家には奥さん2人と娘が1人、
それとさっきの旦那のいとこ夫婦の息子2人もここに住んでいるような感じでした。
ママの他の息子たちはみなカトマンドゥで頑張っており、
娘たちもそれぞれ結婚してやっぱりカトマンドゥに住んでいます。

そうそう、さっきサラッと書いてしまいましたが
ママには奥さんが2人いるんです。
よく噂に聞いたり、ネパールのTVドラマにも出てくる一夫多妻の重婚ですが、
本物で、まさに現在進行形なのがココにいました。
ママの話によると本当は3人の奥さんがいるそうなんですが、
3番目の奥さんは結婚して1年くらいで逃げてしまったのだそうです。

よそのお宅のプライベートなことなので詳しく見聞きすることはできませんでしたが、
ママの2人の奥さんはそれぞれ別々のキッチンを持ち、
それぞれ自分の財産(水牛やヤギ、鶏などの家畜)を管理しています。
お互いのことはどう思ってるんでしょうねぇ。
すっごく仲良し・・・ってな感じには見えませんでしたけど、
それぞれが家族の一員として協力しながら自分に与えられた役割を果たしつつ
ママの家を支えているという感じでした。

どちらの奥さんもとっても温かい良い人で、
こんなガイジンな嫁な私にもすっごく良くしてくれるので(それも別々に・・・)
どちらにも偏ることなく平等に接しなければならず、かなり気を使いました。
一緒に暮らしている旦那さんであるママは、この平等をどのように保っているんでしょうね?
そのやり繰りが非常に気になるところでしたが、さすがに聞くことはできませんよね。

そんなママの家に着くやいなや、お洗濯大会が始まりました。
旅行の話をネパールの家族に持ちかけた時、
アマが最後にダディンに寄ろうと言った意味がようやく分かりました。
・・・お洗濯です。
旅行の最後にここで旅行中の衣類など全部を洗濯して帰ろうという魂胆なのです。
(私はこういったアマのチャッカリした賢いところが好きです。)
カトマンドゥが慢性的な水不足なのに対し、ここは山から湧き出る水がなんと24時間使い放題!
しかも若くて体力のある頼もしいお洗濯要員(←ママの娘)もいます。
アマとバヒニとママの娘の3人で大騒ぎ&大爆笑しながらお洗濯。
私も最初はネパリの嫁として頑張って手伝っていたのですが、
あまりの私のへっぴり腰ぶりに開始早々にお役御免となってしまいました。(笑)

その後、家族みんなが集まって初めて挨拶する私からのお土産を一人一人に渡します。
ママにはカッターシャツ、ママの奥さんなど大人の既婚女性にはサリー、
ママの息子にはTシャツ、ママの娘にはクルタ・スルワール、
男の子には腕時計、女の子にはマニキュア・セット、あとは日本から持ってきたお菓子などなど。

その日の夜、バー、アマ、バヒニはそのままママの家に泊まり、
私と旦那はまたもや私のワガママでちょっと先にある街のホテルに泊まりました。
ママは「なぜウチに泊まらないんだ?」とお怒りモードでしたが
田舎のトイレ(外にある囲いだけのトイレ)や、
ひとつのベッドで何人もが寝る中に入るのは(旦那とならまだしも、他の女性陣とは)無理です・・・。

その夜、私たちが泊まるホテルの1階にあるレストランで、
今回の旅行で車を運転してくれていたドライバーと旦那のいとこと一緒にお酒を飲んだのですが、
酔っ払いのネパリ男3人に囲まれて大変でした。
何度も何度も同じ話をグダグダと繰り返すドライバー、
英語で熱く捲くし立てる旦那のいとこ、
(ネパールでは英語で教育を受けてたりするせいか、
酔ったり、喧嘩したりするときになぜか英語になっちゃう人が多いんですよ。)
そして2人の真剣な話に聞き入り過ぎて、もらい泣きする旦那。
やれやれ・・・ホント疲れました。

そんなこんなで明日はいよいよ最終日です。

(このお話はこちらに続きます。)

ネパール人家族と行く5泊6日ネパール国内旅行(4日目)

(このお話はこちらの続きです。)

Pokhara(ポカラ) → Gorkha(ゴルカ) → Manakamana(マナカマナ)

本日の最終目的地であるマナカマナに5時ごろまでには着きたいので、
(ケーブルカーの最終運行時間が5時だったか、5時半だったか、なので・・・。)
早めにポカラを出発して、まずはゴルカに向かいます。
当初はゴルカは予定に入っていなかったのですが、
旅行に出発するころにはなぜか予定に組み込まれていました。

往路で通った国道から北に外れること1時間くらい・・・だったかな?
山の中腹にあるちょっとした大きな街がゴルカ・バザールです。
ゴルカ・バザールをそのまま通り越して、
クネクネでボコボコな道を上った先の頂上がゴルカの旧王宮。
旧とはいえ王宮っていうんだからどんなに立派なところなのかと思いきや
とにかく古くて、これがまた観光客が誰~もいないんですけど・・・。
一応軍隊の方々やお坊さんは常駐しているようでした。

王宮の中にはヒンドゥ教のお寺があり、さっそくネパール人家族はお寺の中に入って参拝。
あとはガイドらしき少年がもう一つのお寺(何かが祀られているって言ってたけど忘れた。)と、
その昔、王様がお生まれになった場所ってところを案内してもらって、おしまい。

こんなに大変な思いをしてやってきたのに
(ゴルカ・バザールから旧王宮までの1キロに満たない道のりは、
前日の雨のせいでボコボコな道が更にドロドロ・ヌルヌルでそれはもう大変だったんです。)
正直「え?これだけ?」って思ってしまったのですが、
そう思ったのはネパール人家族も同じだったみたいです。
あとで口々に「ゴルカの王宮には何にもなかった。」って言ってました。(笑)

ゴルカ・バザールに戻って昼食をとり、
本日の最終目的地であるマナカマナへ向かいます。

マナカマナはネパール人家族みんなのリクエスト。
ヒンドゥ教寺院での参拝はもちろんのこと、ケーブルカーに乗るのもお楽しみのひとつです。
ネパール人家族たちは昔、何度かマナカマナを訪れたことがあるそうですが、
当時はケーブルカーなんてものはなく、トレッキングだったそうです。
ケーブルカーに乗ると下の方にトレッキングのルートが見えるのですが、
体力と時間があればのんびり休憩しながらトレッキングの方が楽しそうな感じがしました。

そうそう、ケーブルカーに乗るにあたってちょっと係員と揉めたことがありました。
ネパール人の外国人配偶者への外国人料金の件です。
旦那はチケット売り場で普通にネパリの大人5人分のチケットを買ったのですが、
他の係員から「その女(←私のこと)は外国人だから追加料金が必要だ。」と横やりが入ったのです。
(クルタ・スルワールかサリーでも着て、それらしくして行けば良かったかな?)

そこで食って掛ったのは、何とアマ(=お母さん)。(カッコイイ~♪)
「ネパール人と結婚してネパール人の家族になったんだから、彼女はネパール人だ。」と、アマ。
「でも外国人は外国人だ。」と係員も引き下がりません。

そんなやりとりの後ろでゴソゴソとバックの中から1枚の紙を取り出す私。
こんなこともあろうかと一応ネパールの婚姻証明書のコピーを持参していたのです。
別にこれを見せたからといって私が外国人であることには変わりはないのだけれど、
通ってしまったんですね~、これが。(笑)

そんなこんなでマナカマナに到着です。
マナカマナに着くとすぐにおみやげ屋さんがずらりと並んでます。
ネパールのお土産屋さんっていうと、絵はがき・ヒマラヤンペーパー・パシュミナ・
線香・アジアンテイストな衣類などなどが思い浮かびますが、
ここでのおみやげ屋さんはちょっと並んでいるものが違います。
籐(もどき?)の籠や木製品、日本のお祭りの屋台に並んでいるような子供のおもちゃ・・・。

アマはその籐(もどき?)の籠に一目惚れ♪
お寺に参拝するときに参拝グッズ(お花や果物、線香など)を入れる籐の籠がずっと欲しかったらしく、
「こんなのがずっと前から欲しかった。」と言いながら速攻でお買い上げでした。

おみやげ屋さんの先には、寺院の手前までホテルが立ち並んでます。
狭い範囲ながら結構客引き合戦が激しくてびっくりしましたが、
何軒も何部屋も見てようやく今宵の宿が決定。
さて、もう一回おみやげ屋さんでも見に行こうかなと戻ってみると
お店はほとんど終わってました。
ケーブルカーの運行が終わるとともに閉店するらしいです。

そんな中、閉店準備中のお店でこんなもの(↓)買っちゃいました。
ネパール地図
木製のネパール地図です。
アマ同様、一目惚れでした。

こんなのがずっと前から欲しかったのよね~♪

(このお話はこちらに続きます。)
プロフィール

ま~る

Author:ま~る
この度、ブログ「ネパリの嫁のヒトリゴト」をこちらに(ビミョー?)に引っ越しました。

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